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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)132号 判決

原告 松本清

被告 東京都監査委員 萩本俊助 外三名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告の本件請求の趣旨及び原因は別紙のとおりであり、その要旨は、原告は昭和五一年八月一三日地方自治法(以下「法」という。)第二四二条第一項の規定に基づき東京都監査委員に対し住民監査請求をしたところ、被告らは右監査請求が請求期間を徒過してされたものであり、かつ、期間徒過につき正当な理由がないとして不受理通知をしてきたのであるが、右不受理は違法であるから被告らに対し原告のした前記監査請求につき応諾義務のあることの確認を求める、というにあるものと解せられる。

二  これに対し被告らは、主文と同旨の判決を求めその理由として次のとおり述べた。すなわち、

1  住民訴訟は民衆訴訟の一種であるから、訴えの形態も法定のものに限られ(行政事件訴訟法第四二条)、それ以外のものは認められないというべきところ、本件訴えは法第二四二条の二第一項各号に掲げる請求のいずれにも該当しないから、住民訴訟の要件を欠き不適法である。

2  本件のような義務確認訴訟は抗告訴訟としても一般的には認められないところ、監査委員による監査請求却下が違法な場合においては直接裁判所に対し訴えをもつて法第二四二条の二第一項各号に掲げる請求ができるものと解されるから、右義務確認請求を認める必要がなく、したがつて本件訴えは抗告訴訟としてもその要件を欠き不適法である。

三  原告は甲第一号証ないし第五号証を提出し、被告らは甲第四号証の原本の存在及び成立は知らない、その余の甲号各証の成立(甲第一号証ないし第三号証については原本の存在及び成立)は認めると陳述した。

四  そこで本件訴えの適否について判断する。

本訴請求は監査委員に対し住民監査請求についての応諾義務の確認を求めるものであるが、かかる請求は法第二四二条の二第一項第一号ないし第四号所定の請求のいずれにも該当せず、他にこれを許す規定も存しないから住民訴訟その他の民衆訴訟としては許されないものというべきであり(行政事件訴訟法第四二条)、また抗告訴訟としてみても、公法上の作為義務確認を求める訴訟は現行法上一般的には許容されていないところ、住民監査請求が違法に却下された場合には直接法第二四二条の二の規定により住民訴訟を提起しうるものと解せられること後記のとおりであり、住民監査請求に対する応諾義務確認を求める訴訟を許容すべき特段の事情は何ら認められない。

なお、仮に本訴請求を、監査委員が住民監査請求を不適法として却下した処分の取消しを求める趣旨を含むと解する余地があり、又はそのような訴えに変更することができるとしても、住民監査請求を不適法として却下する監査委員の応答は住民訴訟の対象事項たる地方公共団体の執行機関等の財務会計上の行為には該当しないから、右却下処分取消訴訟は住民訴訟としては不適法というべきであり、その他民衆訴訟として右訴訟を許容する特別の規定も存しない。また、住民監査請求却下処分は行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には該当しないから右却下処分取消訴訟は抗告訴訟としても不適法といわねばならない。けだし、住民監査請求の制度は、地方公共団体の執行機関等の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は不行為を予防又は是正するために、当該地方公共団体の住民が自己の法律上の利益にかかわらない住民としての資格に基づき、監査委員に対し監査その他一定の必要な措置を講ずべきことを請求することを認めたものであるから、住民監査請求が却下されたからといつてその却下処分により監査請求人たる住民の個人的な権利義務ないし法的地位が影響を被ることはありえないし、また法第二四二条第三項は、監査委員は監査の結果を請求人に通知すべき旨を規定しているけれども、右規定は請求人に監査結果を了知させ住民訴訟を提起するか否かの判断を可能ならしめるために設けられているものと解すべきであつて、右規定があるからといつて、請求人たる住民に対し、適法に行つた住民監査請求につき監査委員の監査を受けるという手続上の利益をその住民の個人的な権利ないし法律上の利益として保障しているとは解することができない。またこのように解したからといつて、住民監査請求が違法に却下された場合は法第二四二条の二第一項の監査委員が所定期間内に監査を行わない場合に該当するものと解せられ、請求人たる住民は直接住民訴訟を提起することが可能であるから、監査請求前置主義との関係で請求人たる住民が住民訴訟を提起する途を不当に制限する結果となるものではない。

五  以上のとおり本件訴えは不適法というべきであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 山崎敏充)

別紙

請求の趣旨

一、被告は原告の提出した昭和五一年八月十三日付東京都職員措置請求書にもとづく監査請求につき応諾義務があることの確認を求める。

二、当該裁判費用は被告の負担とする。

請求の原因

事実のあらすじ 私は診療放射線技師として、昭和四九年五月(辞令は四月)東京都小岩保健所から同江戸川保健所に異動を命ぜられたが、虚構の員数の雇上げ賃金の連続的分配を受けて、その不正領得の態様は左のごとくであつた。

一、不正発給をした前渡金受者

笠井 江戸川保健所総務課長

同 現金出納員もしくは取扱員

安藤 江戸川保健所総務課総務係長

二、私が知り得る不正受得者

[山票](おのえ)峯良典 主事

大野 隆 主事

松本 清 主事

城東保健所職員

その他江戸川保健所職員(推定)

三、不正雇上げをした事業

1、昭和四九年五月二七日もしくは五月二九日

業態者検診事業

会場 江戸川保健所(城東保健所検診車による)

2、昭和四九年六月十日

業態者検診事業

会場 江戸川保健所

3、昭和四九年十月二八日

業態者検診事業

会場 江戸川保健所

4、昭和四九年十月三一日

受託検診事業

会場 江戸川競艇場(城東保健所検診車による)

5、その他

四、不正にかかわる金員

別紙江戸川保健所の事業起案のとおりの賃金で臨時職員を雇上げているが、前記一、の三名はそれぞれ一万二千円以上

城東保健所は八千円以上

その他戻入手続されなかつた賃金

経過についてのべると、第一段階として、昭和四八~四九年における通常出納監査によつて、不正が発見されることが、最も望ましかつたが、だめであつた。第二段階、昭和四九年十一月不正事実につき、現金員を持参して申告者が監査事務局に出頭し、中沢局員ほかと接遇した。第三段階、監査事務局は不正事件の調査解決を高井重行監察室監察員に一任したと推定される。第四段階、高井監察員は衛生局に事件の確認を指示したが、衛生局執行部および不正受益者の多くは事実を否定したと思われる。第五段階、原告が地方自治法二四二条による住民監査請求手続をしたが応ぜられなかつた。

当初は誤ちを改むるに憶することなく、共に反省すれば足りると私は考えていた。昭和四九年末から同五十年はじめにかけて、都衛生局清水保健所管理課長および渡辺江戸川保健所長が私方を訪れ、事件の重要さについて話があつた。また笠井総務課長が更迭となり、同年十一月二九日、東京都総務局監察室の談話「汚職についての一問一答」が衛生局報紙上に発表された。これらによつて汚職は一応の解決および対策が成つたと私は判断した。しかるに、本年六月十八日、都監察室を訪れた際、事実確認・調査および処理対策をたづねたところ「当該のことは、一応衛生局へ調査を求めたが、そのような事実はなかつた。」という話であつたので、それでは処理簿等には記録が残つていないのだろうか、と問うとそれは作らなかつた。という次第であつた。そこで火急、原時点にたち戻る必要を生じた。それ故本年八月十三日、江戸川保健所長に関する措置請求を遅延理由書とともに提出したところ、請求提起期間を経過したことに対する正当な理由は認められないとして書類の返送があつた。

昭和四十年代に、東京都の部局内に一連の特記すべき汚職がおこつた。たまりかねた都は、特設監察を行い、近藤委員会勧告を発したりした。都衛生局では、保健所を中心に、一単位につき年間一千万円もの医療従事者の臨時雇上げをしており、昭和四十年代末期に、江戸川保健所で、この雇上げ賃金の不正分配がつづき、通例監査でそれを摘発することができなかつた。その不正分配を受けた職員の一人、すなわち原告が報復を受けることを覚悟で、不正金員を持参して、昭和四九年十一月初旬と記憶するが、都監査事務局を訪れ、中沢局員を含めた複数人と接遇し、二万円を手渡し、監査主体に注意をうながしたが、随時監査も行わず、直接対応措置を作為しなかつた。事件を移された監察室職員は、更に衛生局執行側に調査を求めたが、その結果は、都住民ならびに社会通念・倫理にこたえるものではなかつた。これらは監査事務当局の間接的消極主義の結果であり、この汚職は不正金員を発した側と受けた側の二側面から検討されるべきなのに、発した側自身に調査を依頼したのでは、実体形成上、不合理が生じたのは当然というべきである。

汚職防止は、地方公共団体の自己点検によつて本来成し得る筈であるのに、措置を講じないところから当該住民に請求権の必要がたかまつたもので、その点検を補完し、協力をおしまない人間に対して、持参した不正金員のゆくえならびに不正の追跡に関して、監査当局が一顧の連絡さえしなかつたのは誠に公序良俗を逸している。原告は請求について提起期間を約八ケ月経過してしまつたが、遅延の理由は主として都監査事務当局の対応そのものにあるのであるが、他の理由として、汚職事実を浮上させたことによつて、原告は暴力を受け、医療技術攻撃・人身名誉攻撃を受け、レントゲン直接撮影業務・医療監査業務・受払簿記・保健所建設企画業務さらには固有指名職種の診療業務そのものも剥奪されて、主査昇格は停止を受け、これら就労妨害ならびに非公式懲罰による不当労働行為・生活の基礎をおびやかされている人権問題に関し各方面への嘆願(血書嘆願など)、救済ならびに訴願に日夜追われていたためによるものである。ここでかりに監査が阻却されてしまうならば、不正金員は誰が渡して誰が貰つて誰が返したのか、総額はどれ位か、現在も汚職が続いているのか。など迷宮入りとなつてしまい、代位賠償請求の機会も永久になくなるものと思われる。原告が返した金員が、間接情報のごとく、都の簿帳に雑収入として記帳されたとすれば、横領金の決算上の措置は、横領金の収入済額として、当該収入科目の備考欄に盗難の旨明示せよ。という規定によれば違法である。

地方自治法二四二条の立法の趣旨から申せば、広く個々の住民に請求の権限を与え、地方財政の公正を保持するために単刀直入に真の事実の確認が望まれており、これを看過・回避することは職務権限の踰越となる。都政の恥部をあばきたくないという気持は理解できぬでもないが、地位上の圧力・特定の見解ならびに経歴先験をおもんばかつて、請求の適、不適よりも内容の当否を第一義的とし、執行主体の責任が浮上されるので、秘密主義的もみ消しの方向に傾いたと勘按される。行政委員会や執行機関が共に何の記録資料も残さなかつたということも不可解である。最近とみに人民の金員財産の受信託感が公務退行していると思わざるを得ない。

右叙上を以て、原告が昭和五一年八月十三日に提出した住民監査請求は、各専決者が法令・条例および予算にしたがつて誠実に処理し、善良な金員管理義務のための必須監査として応諾されるのが至当であることを訴因とします。

被告は昭和五一年八月十三日原告が提出した東京都職員措置請求書につき同年八月三一日付東京都監査事務局庶務課長森本公昭作成の文書により不受理通知をなした。よつて請求の趣旨の裁判を求めるものである。

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